バレンタインですね。
バレンタインに限らずイベントに乗っかってはお菓子を作っています。
単純に作るのが好きってだけです。はい。
昨日ちょろっとTwitterでつぶやいた内容が、楽団仲間と少しだけ盛り上がったのでそのことについて。
息は入れればいいってわけじゃない
トランペットを吹いていて、何となく思ったことをつぶやいたのがきっかけです。
「もしかして、トランペットに息を入れすぎなんじゃないか」と。
どうもトランペットはほかの楽器に比べても「苦しそうに吹く」とか「ものすごいパワーが必要」とかってイメージが強いですよね。
トランペットはほかの楽器よりもポピュラーで、それこそちょっとしたアニメにも使われたりします。
んで、猫とかネズミとかラッパをもって顔赤くしてぷー!って吹いてたりするんですよね。
プロのミュージシャンでも、眉間にしわ寄せてむぎゅーって顔してたりするじゃないの。
そういうの見ていて何となくそういうイメージが刷り込まれているんですよね。
でも実際彼らは音楽に感情的になってああいう顔になっていることが大半で、辛くてああいう顔になるってことはほとんどない。一部のすげーハイトーンとかは別にして。
よくよく目の前のトランペットを見れば、すごく小さな穴が開いているだけなんですよ。
それこそジョアとかについてる細いストローくらいしかないんですね。
そんな小さいところに思いっきり吹き込んだって、肺から出てきた大量の息を収めることなんてできないってわけです。
穴の大きさが変わらないんだから、一度に通ることができる息の量だってたかだか知れてますから。
それなのにそこに目いっぱい息を吹き込もうとしてたんです。
そりゃ頑張っても頑張っても苦しいだけ。風船膨らませるときに体中力むのと一緒で、過剰な力を自分で込めているだけなんですね。
もっと楽したって、マウスピースに入っていく息の量は変わらないはずです。だって、現状は過剰なんですから。
試しにかるーくぷって吹いても音が鳴っちゃうんですよね。
しかも特別小さい音ってわけでもなく、むしろ変な力みがないからかいい音が鳴ったりするんです。
小慣れた感じってどういうこと??
楽器始めたての人の音って何となくイメージつきますか??
部活とかやっていたりすると、新入生が初めて楽器を手にして吹いてみるんだけど、音はなるもののすごい力入ってるなーって感じで。
音もすーっと音にならない息の音の方が大きかったり。かろうじてなっている音もくぐもっていたり窮屈そうだったり。
でもいつの間にか無駄がそがれた、楽器の音に近づいていってるんですよね。
別に筋肉隆々になったわけでもなく、体の使い方がわかっただけ。そう、効率が良くなっただけなんです。
それを我々は「慣れ」と呼んでいるわけですよね。
どれだけ知識があっても、経験がないとうまくいかないことってあるじゃないですか。
料理やお菓子作りもそうだし、自転車や一輪車に乗るのもそう。
スキーやスケートもそう。やり方をすべて知り尽くしていても、実際やってみるとできない。
でも、何度か練習しているとそれなりにうまくなるじゃないですか。
知識と経験のバランス
楽器も結局は同じ。技術や理論も大事だけど、経験がものをいうわけです。
だからって、ただやみくもにロングトーンやスケール練習、リップスラーやタンギングをやっていてもどっかで止まるんですよね。
これ以上進まない壁みたいなもの。
これは経験が足りないんじゃなくて、経験を蓄える器が足りないんですよね。
その器はどうすれば増えるかっていうと、そこに知識が必要なんだと思います。
知識と経験が両方ないと次に進んでいけないんですね。
さてさて知識っていうと何やら難しいことな気がしますが、プロやそれに準ずる技量を持った人は別として私のような何となく演奏できるレベルの人間にとっては「自分を観察して知ること」も立派な知識になります。
楽器を演奏するときに意識的にやっていること、無意識でやっていることを観察する。無意識でやっていることは気づきにくいので、人に見てもらったり、ビデオに撮ってみたりしてみる。
あれ、こんなことやってたんだーなんてこともあるかもしれない。
楽器を吹く時のプロセスを書き出してみる
例えばトランペットを吹く時に自分がしているプロセスとはどんなものだろう。
- 楽器を左手で持つ
- 左の肘を曲げつつ、右手も楽器に添えていくと同時に膝をわずかにまげて腰も少しだけ曲げる
- 肘を曲げきっても口に届かないので、肘を前に出してさらに楽器を上げていく
- それと同時に息を吸い始め、何となく口をきゅっと締め始める
- マウスピースを唇に当てて十分に押し付けるとともに、舌を上の前歯に当てて栓をする
- 息を送り出して圧力を上げていく
- 舌を下げて息を口から出す
大体こんな感じ。さらに無意識でやっていることがあるかもしれない。視線がどこどこに向くとか、足の指がどうとか。
自分で気が付くのはこれくらいかな。
例えば高い音を出すときは、4番の時の口の締め方を強くし、6番であげる圧力をより高くしようとしているだろう。
7番で下を下げるときも、ティーという発音をするように舌の中間あたりは持ち上げたままになるだろうし。
金管楽器を演奏するのに必要なのは唇の振動。高い音になればより細かな振動が必要になるわけです。
ということは唇はより反応がいい状態にしておく必要があるはずで、リラックスしておかなければならないはずです。
でも4番と6番あたりの工程でそれとは逆のことをしている気がしますね。そう無駄な力みが発生しているわけです。
高音を鳴らすためにはものすごい量の息が必要だと思っているので、4の工程で吸う息も多めに吸おうとしているはずです。
先ほど書いた通り、マウスピースに入っていく息の量なんてたかが知れていますから、苦しさを生むだけです。
でもトランペットの高音はつらいものだ、というイメージのせいでその苦しさが成功の証と錯覚しているのではないか。
本当はもっとあっけなく出るものだと、最近になって実感するようになりました。
大して力まなくても、それこそラジオのチューニングがピタッと合った時のようにパーンと出るんです。
ここまでわかっていてなぜ力んでしまうのでしょうか。
体へは肯定文で命令を!
アレクサンダーテクニックについて調べていくと、面白いことを発見します。
それは「体への命令に否定文が通用しにくい」ということ。
例えば、「大声を出してはいけない」よりも「静かな声を出す」の方が伝達しやすいということです。
それは命令をする際にイメージ図のようなもので伝達しているからなんだそうです。
例えば大声を出してはいけないという命令をするとき、まず大声を出しているイメージが出てきて、それを否定するという形が取られるんだそうです。
つまり、大声を出してはいけないというと、とりあえず大声を出すイメージが生み出されているということです。
楽器の演奏でいえば、「音を外してはいけない」は「音を外すイメージ」が先行していることになってしまいます。
結果的には「音を外してはいけない」という命令こそが「音を外しやすい準備」をさせてしまうことになってしまう危険があるということです。
私のトランペットの演奏でいえば、「高い音を出すときに力まないようにする」という命令はあまりよくないということになります。
それではどのような意識をすればいいのでしょうか。
どうすれば結果的に力まないで演奏することができるのでしょう。
プロセス内で邪魔している奴を見つける
普通の音域と高い音域とでプロセスを比べると、3番までは同じであることに気が付きました。
そして4番で違いが出てきています。その最初の違いとは息を吸う量です。
高い音には大量の息が必要だからと、いつも以上に吸っています。
だからここを普通の呼吸の延長でやってみたらどうなるか実験しました。
楽器を吹く時には普段の呼吸とは違い、たくさん息を吸い込みますね。
普段は肺の容量をすべて使っているわけではなく、半分くらいしか使っていないことがわかります。
普通に呼吸をしてみて、息を吸ってから吐く動作に移る直前に息を止めてみます。
普段の呼吸ではそこが頂点のはずですが、そこからさらに息を吸おうとすれば吸えてしまいますね。しかも結構な量。
同じく吐く方もそう。普段は肺の中を空っぽにしていないことがわかります。
思いっきり吸うことが高い音を出すための合図だとすれば、その思いっきり吸うという行為が力みの始まりだと予測できます。
では普段の呼吸で吸った状態で音を出してみたらどうなるだろうか。
音を出す直前まで「いや、まあこれは無理っぽい」という感じでいっぱいでしたが、実際にはまあ簡単に音が出てしまいました。
別に音量もか細い感じではなく、まあぶっといってわけでもないですが普通に鳴っています。
そもそもメガホンみたいな形してるんですから音量が出るようになっているんだし。
私の場合はこの吹き方で上のCくらいまで行けました。
これ以上の音を出すには、息をたっぷり吸っても同じくらいリラックスできるようにする必要があります。
お腹の力を上げても、その他が同じである必要があるので、これには練習(=経験)が必要です。
それでも、今回の流れで知識(=経験を貯める器)は広がりました。
まとめと今後の課題
今回は高い音(と言っても、チューニングB♭のオクターブ上辺り)を出すことに焦点を当てましたが、こうやって自分が課題だと思っていることを分析していくことで効率のいい練習ができるかなと思いました。
例えばタンギングについては工程の7番が怪しいです。
舌を下げようとしているからうまくいっていない可能性があります。
舌を上げているのをやめるにした方が力まない気がしますね。
どれだけ練習してもちっとも変わらない方は、経験を貯める器がいっぱいになっているだけかもしれません。
知識と経験、そのバランスを見直してみてはいかがでしょうか。