どうもーやまむらこういちです。
娘の元にランドセルが届きました。
幼稚園生活もあとわずか。
そして長い長い学校生活が始まります。
さて、この前何気なく、近くの会社のチャイムが聞こえてきたときのこと。
いわゆるキーンコーンカーンコーンです。
音感がないもので、実際の音はわからないのですが、ミードーレーソー、ソーレーミードーというフレーズを2回繰り返しますよね。
チャイムは単音のメロディだが
このチャイム、単音なのでこのフレーズだけ鳴りますよね。
だから、ハーモニーは聞こえないのですが、昔からこのチャイムに感じていたことがあったんです。
先ほど同じフレーズが2回繰り返されると書きましたが、1回分のフレーズは3拍子で4小節。全部で8小節の曲となっています。
最初の小節(ミードーレー)に主和音(ドミソの和音)、次の小節(ソー)に属和音(ソシレの和音)、3小節目(ソーレーミー)も属和音で、4小節目(ドー)で主和音に戻るのがオーソドックスな和声だと思います。
何気なく聴いていても、頭の中でこういう進行が皆さんの中にも聞こえているのではないでしょうか。
主和音と属和音だけなので必要最低限の進行だし、それでいて充分でいいですよね。
これを2回繰り返すだけなので、次の4小節も同じ和音を充てればいいはずです。
実際同じように繰り返しても変なところはありません。
しかしながら私は違和感を感じるのです。1回目の1小節目と繰り返した1小節目、つまり全体の5小節目は違う表情があると思うんです。
何というか哀愁というか切ないというか。
前々からずっと頭の隅のほうで感じていたんですが、今日解明してみることにしてみました。
動画をご覧ください。
繰り返した後の最初の和音に焦点をあててみます。
3つのパターンで3つの性格
この動画では3つのパターンを紹介しています。
1つ目は1回目も2回目も全く同じことを繰り返すだけです。
この場合はドミソの和音とソシレの和音しか使いません。
最も安定感のある主和音(ドミソ)から始まり、展開や発展を感じる属和音(ソシレ)に続く、そして再び主和音に戻ってくるという安定感抜群の進行です。
必要最低限でシンプルですが、最も力強いです。
2つ目は2回目のスタートを下中和音(ラドミ)に変更しました。
下中和音は主和音同様トニックに分類されますが、やや不安定さを併せ持つ存在です。
そのため2回目に入った時に戻ってきた感じがあまりありません。
3つ目は2回目のスタートを下属和音(ファラド)に変更しました。
メロディはミからスタートなので、セブンスにもなっています。
下属和音はサブドミナントと呼ばれ、属和音のドミナントへ強く進む力を持っています。
最初の2つはトニックだったのでかなり機能的にも性格が違います。
セブンスも相まってとても哀愁が漂う感じがしますね。
おそらく私の脳内で勝手に補正していたのはこの3つ目の進行だったんだと思います。
1回目と2回目とでは性格が違い、どことなく哀愁が漂う…、まさにそんな感じでした。
メロディだけ聞いても人によって異なる印象を受けます。
その時の感情によってもまた違ってくるでしょう。
音が持つ力、そしてそれに機能を割り当てた偉大な先人たちには本当に関心しっぱなしです。
皆さんも何気なく聞いている音に、たまには耳を傾けてみては?